やらなイカBlog

イカ娘やスプラトーンの話がしたいです。

虐待児童を救う方法

bylines.news.yahoo.co.jp

駒崎氏の狭山女児虐待事件の記事を読んだ。

Yahooニュースは時間がたつと消えてしまうだろうから自分なりの要約を記述する。

---- 要約ここから ----

定期健診を受診しなかった。近所から通報があった等で、児童相談所や警察は虐待の可能性があったのに、一時保護等の措置を行わなかった(家庭訪問等は行っていた)。児童相談所と警察が連携していたら一時保護等は行えたのではないか。

解決策として、警察、児童相談所等の行政機関の連携の強化。(児童相談所の)予算措置。一般人による児童相談所への通告の推進が挙げられている。

---- 要約ここまで ----

駒崎氏は行政が改善できる方法として主に警察、児童相談所等の連携を密にし、家庭訪問を実施することを挙げている。

はたして、警察と児童相談所が連携を密にするだけで問題は改善するのであろうか?

児童相談所も警察も虐待の可能性ありとのことで、どちらも家庭訪問を行っている。それでも、虐待死を防げなかった。駒崎氏は一時保護をする判断はできたのではないかと書いている。それは本当だろうか?虐待死という結果を知っているから言えることではないだろうか。現場の人間が情報が少ない中、手探りで必死で判断を行っているのを、全てが終わった後に訳知り顔で非難する人間が嫌いだ。専門用語は知らないが一時保護とは親から子を引き離すということだろう。そのような行為を確証が得られない状態で行うことができるだろうか。

iwj.co.jp

このような事例もある。(はてぶより)

親が嘘をついて虐待を隠しているかもしれないし、通報者が親に嫌がらせをしたいだけかもしれない。そのように何を信じればいいかわからない状態で、絶対に正しい判断をしろと言っても無理であろう。医者だって誤診をする。

今回の件は虐待が明らかだろうって?

ならば、ガイドライン等に明文化して、今回の場合なら、「定期健診を受診しなかったら一時保護を行い、虐待が無いかどうか検証を行う」ということを機械的に行うようにするべきではないか? もちろん、その機械的な判断が誤った結果になることもあるだろうけれど、それは社会的に必要な誤りだったとなるべきであろう。上のiwjの記事では「行政は間違うはずがない」からその判断は(裁判所的に)正しいことにされたと書かれている。これが「行政の判断が結果的に誤りだったかもしれない。しかし、その時点でその判断を行ったことは正しい」となるべきであろう。

安易に「責任逃れ」、「自身の判断で越権行為を行うべき」と言う人がいるが、親から子を引き離すという行為の責任が取れる人間などいない。何らかの判断を行った者、組織が責任をかぶらなくてはならないシステムにするべきであろう。

 

ストーカー行為に関しては、関連法案ができ、どのような行為がストーカー行為に当たるのかガイドラインもできた。また、ストーカーの嫌疑をかけられたものは、疑わしい行為をしたことが悪い、もしくは、運が悪かったと社会的に考えられるようになり、警察も公権力の行使を行い易くなった。

虐待行為もそのように法整備がされることを望む。

成人式雑感

nomad-ken.com

を読んで雑感。

 

DQNが成人式を破壊する理由

ここに書いてある、「DQNが成人式を破壊するのは、社会に対する逆襲だ」という説は正しくないだろう。

DQNが奇抜な色の羽織袴や花魁を模した衣装、良識の有るとされる人が見たら眉をしかめる格好で成人式に参加するのは、成人式を破壊しようとしているのではなく、彼らなりの成人式の楽しみ方だと考える。

自分は北九州や那覇のような都会で成人式をしたわけではなく、ものすごい田舎でこじんまりとほのぼのとした成人式に参加したのだが、参加者のかなりの部分の男性がどこで売っているのか見当も付かない原色のスーツを着て来ていた。友人同士で色がかぶらないよう示し合わせて来ていたのであろう。まるでゴレンジャーのような一団もいた。

そう、あの格好が彼らなりの正装なのだ。

成人式はお祭りなのだ。

晴れの舞台、まさしくハレなのだ。

彼らは彼らなりに成人式という祭りを堪能している。

もっと言うと、彼ら、所謂「マイルドヤンキー」は毎日の生活に不満を持っておらず、毎日の生活をそれなりに幸せに暮らしている。

確かにブログ主の言うとおり、偏差値により階層化された社会であるというのは事実であろう。そうであるからこそ、ブログ主のようなエリートの生活はどういうものか知らないし、興味も起こらない。

したがって、「社会に対する逆襲」など思いもしないだろう。

 

近年荒れる成人式が目立つ理由

彼らのセンスは「特攻の拓」等の昭和のヤンキー漫画に出てくる格好そのもので、特に目新しいものではない。旧車会等で現在も見られるヤンキー文化が継承されたものであろう。

ここ十数年、暴走族等による器物損壊等の事件は減ったのではないかと考える。(ソースなし)

荒れる成人式が目立つようになったのは、成人式以外で、そのような衣装を着て乱暴な振る舞いをすることが少なくなったからではないだろうか。

近年の若い人たちは、成人式ではなんとなくはめをはずしていい雰囲気だから、乱暴するけど、それ以外ではそれほど問題を起こさない、社会性のある傾向があるのではないだろうか。

 

はてぶ見て

b.hatena.ne.jp

このブログ主は、小学校時代が不遇で、それに対するうらみつらみがここには書かれている。それに対する反応は「醜悪」だの「心が貧しい」だの「歪んでる」だの「クズ」だのきつい言葉が多い。

ここで言っている「社会は偏差値によって分断されている」は大筋事実だろう。あるコミュニティがあれば、それは、ある程度学力偏差値でクラスタをなしているだろう。田舎でマイルドヤンキーをしている人と、エリート商社マンでは平均学力偏差値は有意な差があるだろう。学力偏差値は万能のものさしではないが、社会が学力偏差値、正確には学力テストの点数をものさしにしてコミュニティの篩い分けを行っている以上「偏差値によって分断されている」のは事実だろう。

小学校時代のつらい思い出が、自分と違うコミュニティに対する非難となっているが、それに対してかける言葉が「醜悪」等と言うのは冷たいのではないだろうか。その言葉は何も改善しないのではないだろうか。

まぁ、仕事の取引先が見るであろうブログで、このようなことを書くのはやめたほうがいいと思うが。

 

おやじ萌え入門者に送るたった3つの良作品

はてなAnonymous Diary(以下増田)に以下のような記事がありました。

 

anond.hatelabo.jp

 ちなみに自分の経験からすると、コミックの読者の年齢層が上がったせいか、おやじに対する不遇は最近のほうが緩和されたように思えます。

以下がはてなBookmark(以下はてブ)の反応

 

b.hatena.ne.jp

 余談になりますが、この増田でアンケート等のお題を出してはてブで答えるって言う手法、はてな内にユーザーを獲得するためのエコシステムとして非常に優れているのではないでしょうか?最初増田を見たときにこんな使い方をされるとは夢にも思いませんでした。このシステムを考案したはてなスタッフの慧眼素晴らしいものでこざいます。

 

閑話休題、この増田に書かれているかっこいいおやじは、年齢とともに能力を重ね、また、それなりの地位に着き、若者を導いていってる立場の人が多いです。もちろん、増田さんの出したお題がそれなのですが。

年齢とともに築き上げた能力、責任あるポジションとその苦悩。それももちろん、おやじの大きな魅力かと思います。

若いときにはあったとされる「可能性」。子供の頃は「夢」というものだけを見て邁進しさえすればよかったのですが、年を重ね「責任」というものを少なからず背負ってしまい、バランスをとり折り合いをつけながら何とか日々を生きていく。これもおやじの魅力のひとつではないでしょうか。

 

さて、東本昌平という人が書いた「SS」という作品があります。

SS (1) (ビッグコミックス―Big comic superior)

SS (1) (ビッグコミックス―Big comic superior)

 

 東本昌平という作家は「キリン」という作品が一番有名でしょうか。そちらの作品もおやじ萌え作品としては秀逸です。また、バイク雑誌の表紙を多く書いていますので本屋で目にしたことも多いのではないでしょうか?

 タイトルの"SS"は自動車のラリー競技から来た用語であり、主人公をはじめとする登場人物はラリー競技の関係者でした。

夢は破れたけれどそこそこ幸せな悪くない日々を送っている者、夢は破れたけれど成功した者、夢を追いかけたことが無い者、夢に敗れてさらに敗れた者、様々な立場の人間が世間に折り合いをつけたりつけなかったりする様子が悲喜交交描かれています。

この記事を読んでくださっている方が、夢をつかんだ方か、そうでなく、いろいろ折り合いを付けておられる方かどちらの立場かはわかりませんが、どちらにせよ人生経験豊富な方でしょう。そのような方には大変お勧めな作品です。

Kindle化されていないのが残念です。

 

おやじ萌えと言えば楠みちはるははずせないでしょう。

 楠作品といえばオヤジのポエム、若者が活躍するよう、苦心しているのが目に見えるのですが、紙面を埋めるのはオヤジのポエム、ポエム、ポエム。

湾岸ミッドナイト ポエム - Google 検索

 読者が求めているのがそれなのだから仕方ないですね。

もともとは若者の普通の走り屋作品として生まれた「湾岸MIDNIGHT」、最初のほうは禁断のラブロマンスとかあったよーな気がしますが、いつの間にかフェードアウトし、下手したら主人公もフェードアウトするんじゃないかなーとずっとやきもきしてました。

湾岸MIDNIGHT最終章「銀灰のスピードスター」では主人公交代をし、年齢を高校生から20代半ばの社会人に上げたため、なんとかポエム要員として、作品中に存在感をそこそこ残していました。

楠みちはるさんの考える「かっこいい男」というのが人生を刻んで様々な経験を得た人間なのでしょう。

楠作品のすごいところは、いかにもなかっこいいオヤジだけではなく、かっこよくないちょい役のオヤジもかっこいいところ。様々なタイプのオヤジが選べます。

 

ジャンルの隆盛のためには、すそ野の拡大が肝要。「おやじ萌え」というジャンルの隆盛のためにみんなもLet's OYAJIingしてくださいね。